私は医師になること以外考えていなかったので、絶対合格してやるという強い気持ちがありました。医大生になっても気持ちを絶やすことなく、頑張っていきたいと思います。
私は医師になること以外考えていなかったので、絶対合格してやるという強い気持ちがありました。医大生になっても気持ちを絶やすことなく、頑張っていきたいと思います。
関西医科大学
柳楽 涼君明星高校出身
勉強はしているものの、質が悪く一浪中も偏差値は60の壁を超えられませんでした。
高一でクラブを退部し、医進の会へ学校帰りに通うようになりました。医進の会を選んだ理由は、個別指導により弱点を集中的に補強できると考えたからです。
中学生の時は、集団授業の塾に通っていましたが、自習に時間が割けず、成績が低い私にとって、空回りの日々を送っていました。クラブ活動に熱心だった私は基礎がまったく固まっておらず、高一内容を高二の夏に復習した教科もありました。医進の会で基礎を固め、臨んだ高三の一回目の模試、結果は神戸大医学部D判定。調子にのった私は夏に雪崩を起こし、立て直すことができず浪人することになりました。勉強はしているものの、質が悪く一浪中も偏差値は60の壁を超えられませんでした。
一般入試だけでは厳しいと考え、かねてより考えていた関西医科大学の特別枠での推薦入試を受けることにしました。
一般入試だけでは厳しいと考え、かねてより考えていた関西医科大学の特別枠での推薦入試を受けることにしました。この入試にすべてをかけていたわけではありませんが、二浪回避の策として大きな希望でした。結果的に合格し、進学することが決定しましたが、重要なのは諦めず、何をしてでも合格を勝ち取ろうとする気持ちだと思います。
私は医師になること以外考えていなかったので、絶対合格してやるという強い気持ちがありました。医大生になっても気持ちを絶やすことなく、頑張っていきたいと思います。
今まで本当にお世話になりました。